これから

地球は深い自然のリズムのなかにある
日本には四季がある
人の人生にも、自分の命のなかにもあるのだろうか
あるとすれば、わが家には冬将軍が居座っている時期なのか
きっと母も母の冬の中にあるのかもしれない


先日、ケアマネージャーが講演を聞いて感動物だった先生がいる
その病院のドアをノックしてきた
「家族相談」という形で今回は予約を入れていた
私とケアマネージャーが同行で受診した
認知症の母とその家族である私を中心に状況等相談

だったけれど、そもそも!その講演された先生は院長先生でしかも
専門は内科!?
心療内科医として私の眼の前に居たのは別の先生だった
ケアマネージャーも予定外?
え?この先生は誰?的な・・・


結論からいうと、期待ちはクリアできなかった空気感は否めない
嫌な先生ではなかったけれど
認知の介護の世界に造詣が深いほどでもなく
私の悩みはその範囲理解はしめしてくれるものの
認知介護の現場ならではの現状打破に向けてのクリーンヒットを打てる
そいう期待は薄まった


私として一番期待していた事は
現代の人間達がつくった忙しい社会のリズムのその外にある
あるいは底にある認知介護の現場
ここからの声を上げて行きたいのだ
自分独りの悩みとかじゃない、同じ苦境を共有する人の代表といったら
おこがまし過ぎる!
そんなつもりではない!
でも、自分が人生後半にどどのつまりでモガイテいるこの認知症の介護という
困難を
只中でモガイテいる同士が、もっと繋がれて
社会にもっとその困難の意味するものに光をあてるべく喚起できる
何かが出来る人になりたいのだ

転んでもただおきることすら出来ないほど転んでいる今
転んだままでも、何か出来る
そんな中ででも立ち上がって何かしてみせる!!!
そんな想いが最近湧いてきたのだ
こんなままでいるものか!と


私の従姉妹に財産家の母を持つひとがいる
彼女達のおめあてはいうまでもない、とまで言ったらヒガミになるけれど
私のように不格好に見苦しいさまを晒し、もがいている訳ではなく
さらっと良いトコ取りを決め込んでいる
そんな彼女らに自分の悩みを吐露したことや
認知の親をもったことがない人にさんざん傷つけられたことは
私の中で熟成して、今のこのエネルギーの源の
全部ではないが一部ともなっている


けど、それ以上にその源になっているのは
理解されなかった想いをはるかに上回る人達が
理解を示してくれ支えとなってくれたことだ!
このブログでコメントをくれる人達
自らも認知の介護と戦っている人、そうではないけど友人として見守ってくれてる人
そんな支えが私に何かをさせてくれそうな
遠くからそんな呼び声がする所に私を連れて行ってくれているような
そんな気持ちなのだ


その為に、今回その先生との出会いを楽しみにしていたのだが
それは叶わなかった今回
今後、その病院に定期的に通院していれば
やがてその講演をした院長先生と繋がれるだろうか
イメージとしては、認知介護をしてる人達の会
そんなものを作りたい
日々に追われ、そんなトコに出て行く余裕は残っていないかもしれないが
その必要性を切実に求めてもいるはずだ
言うほど簡単ではないだろうし
理想形に近いところで形がまとまることは期待できないかもしれない
それでも、何かがしたい!

それが、いっぱい母に当たり散らし嫌な想いをさせてることへの
免罪符というと都合良過ぎるだろうが
自分のなかでの辻褄合わせの一助にもなるはずだ