Naughty Boy

これは宮田和弥さんのFM大阪での番組タイトル
楽しみに聴いているTubeでだけど^^


和弥さん聴けば聴くほど、大好きになっていく^^
素敵な曲もある
音楽の世界でだけ長く活躍しているところが”Naughty精神が磨かれてる”気がする


糸井さんも自らを「いいかげんの達人をめざしている」と称する
責任ある立場でいい大人が”いいかげん”を名乗るところに意義がある
言わば、いい加減なのだ、加減を言っているし、余計な力は抜く精神
おおいに賛同〜!!!
これこそ、生半可ではできない生き方でもあるよね


和弥さんも毎月ゲストを招いてのお喋りだけど
ミュージシャンばかり、以前から顔見知っている人ばかりでもないけど
音楽の世界で長く活動して生業としていると
そこに生じる悩みとか創作活動に対する諸々が
ましゃがいつも話していることと共通で、とても興味深い


一方、共通してない部分があることに最近注目している
ましゃって、あらゆる分野で需要があり、それぞれの分野で一級で
さぞ膨大なスタッフを背負ってもいることが
Naughty精神、いいかげん精神に背を向けてどんどん”当り前すぎる普通に大人”に成り過ぎてやしない?
エンタメの世界で活きる以上、それは如何なものか???


ましゃって、もっとおちゃめで、そんなとこが私は大好きだった
それは、そのままで居るべきなんじゃないのかな〜
なんてふと最近考え込むよ、、、
ラジオとか発言聴くたびにね、何気ない表情にも出てくる


和弥さんて、みずみずしい精神のままで居る人で
そこに、凄く惹かれていく
無様でも続けていくのがやっぱ俺は続けたいんだって自らを語ったりするけど


ましゃのように、事務所の看板になって多くのスタッフ背負うと
自分がありたいようにだけ居られないってわかるけど
解らないじゃぁないけど
もっと力抜いてていいっていうか
なにもかにも合格点以上を取らなきゃいけないチャレンジまっしぐらな
仕事人間てワーカーホリックぎみで
「仕事やめてごらんなさい、ってテーマを出された時、福山雅治がどうなるか興味がある」
糸井さんのこの言葉には深い意味があるようにも思える


糸井さんが、「龍馬伝」を愛してくれてアリだ!と認めてくれているのが
凄く嬉しくも有るよ
私も龍馬伝の龍馬は誰も演じえなかった龍馬を魅せてくれた!
そう想うし脱帽した
「望まれている場所で、ちゃんとそれをやって見せることが出来る人」この言葉にも、す〜ごく納得もした
「生半可では福山雅治はやってられないんだと身が引き締まる」
のこの言葉には、よくぞ言って下さった!
いろ〜んな意味でそう思った
最近のましゃ、本来マジメで努力家なところが暴走ぎみじゃない?


いろいろな気持ちが交錯するけど
ましゃには、もっと無邪気な頃の若かった頃のみずみずしさを
取り戻して欲しいって
そう想う
ましゃが以前と変わったとするなら、そこだから